母 社会復帰

母は強し、執念でもぎ取った就職先

旦那とは、二十歳の頃にアルバイト勤めをしていたガソリンスタンドで出会って結婚した。
あれからもう二十年になろうとしている。
長男は今年で十八歳になるし、高校を卒業するのだ。
大学か専門学校かと進路には揺れているらしいのだけれども、なんとか一人前になろうとしている姿は微笑ましい。
アニメ好きで絵を描くのが上手く、同人誌?を作って売ったりしている。
将来そういう道に進むのなら専門学校にしたらと話してみたのだが、本人は色々と思う所があるみたい。

 

長女は中学二年生。
来年に高校受験を迎えるから、またひと頑張りする時期を迎えている。
流れるような髪の美しい少女になった。
髪のツヤ、頬の柔らかく赤みがさしている白い肌などは、見ている私をうっとりとさせてくれる魔法のような力を持っている娘。

 

そして次女、末の娘が今年幼稚園に入園する。
未だ覚束ない足取りで体験保育などに参加する様子は、なんとも言えないかわいらしさと愛らしさで、私の胸はいっぱいになる。
長男と長女は四つの年の差だけれども、末の娘とは十歳の年の差がある。
まさかできるとは思っていなかったから、当初は大変驚いたし、育児も大変だった。
けれども、次女が微笑む無邪気な様子を見ていると、長男の反抗期の時にも心を慰められたものだった。
大変だけれども、育児には喜びがある。
喜びがある分、苦労も多い。

 

私は次女が幼稚園に入る事を考えて、授乳が終わった頃から医療事務の勉強を始めていた。
通信教育ならできるかも、という軽い気持ちで始めた医療事務。
何か私にもできることはないかしら、という事から辿り着いた着地点、というか始まりのラインだった。
やりたい仕事は沢山あっても、高卒でガソリンスタンドとコンビニでアルバイトした経験しかなかったから、薬剤師や保育士は難しそうだった。
本当は、三人の子供を育てているわけだから、保育士が良いかもと考えていたのだけれども、国家資格なので通信教育だけでは資格を取る事が出来ないのだ。
子育ての合間に資格を取って、次女が幼稚園に行く頃には再スタートを切ってみたい。
そんな考えの所に、医療事務という資格がストンと落ちてきた。

 

未だ授乳している時に思いついた資格取得だったから、最初はとても大変だった。
いや、最初だけではない。
子供を寝かしつけた後に勉強しようと考えても、一緒に眠ってしまって、しまったと飛び起きてもすでに朝だった、なんて経験は数知れずある。
朝になれば長男のお弁当、家族の朝食があるし、学校の用意ができているか見てやる必要もある。
長男と長女と主人を送り出すと、次女が起きてきて、ゆっくりの朝食が始まるのだ。
未だ赤ちゃんだったから、急ぐことなんてできない。
ゆっくりと大切に育ててあげたいし、一生懸命朝食を食べて少し遊ぶと、お昼寝の時間がやって来るのだ。

 

その時間が、私の勉強の時間だ。
たった二時間だけれども、最も集中してできる時間なのだ。
ママサークルなどで、朝食の後に次女を連れて公園へ出かけてしまったりしては、私も一緒に疲れてしまい、お昼寝させるつもりが一緒に眠ってしまったりするという悲劇が起こる。
けれども、一歳を過ぎた頃の次女に子供同士での遊びに連れて行ってあげたいという気持ちはとても大きいから、週に二日は公園に行く事にしている。
だから勉強時間と言えば、本当に少ない、細切れの時間しか用意されていないのだ。

 

時間は無くても作るもの、という考えがあるらしい。
短い時間で勉強できるように、先ずは教材をおおざっぱに確認し、勉強方法を開発することにした。
十分単位で集中して取り組めるように、意識つけを行うためだ。
そして、短い勉強時間という事がデメリットにならないように、十分集中型という方法で進めていく事にしたのだ。
時間が短い分、集中して徹底的に覚える。
十分の積み重ねだから、回数が大切だ。
毎日どのくらい取り組めたのかを、カレンダーに印をつけることにしていた。
少なければ、一週間のうちに調整してやりくりできるように、予定を立てる事が出来る。
最も勉強がはかどらなかった季節は、夏休みだった。
毎日、長女長男が宿題をする時間に一緒にと考えていたのだけれども、「宿題しなさい。」「ゲームをやめなさい。」などと言っている間には、十分集中も難しかった。
頭に入らないし、宿題も教えてあげなければならない。
夏休みの間には、勉強は夜と言うことに片付けて、諦めて家族のために時間を過ごすことにした。

 

そうしている間に、次女も幼稚園の入園時期を迎えて、医療事務の試験も何とかクリアできた。
試験が毎月開催されているから、自分のペースで勉強できる通信教育に向いているのだ。
次女が幼稚園に入園してから、就職活動を始めることに決めていた。
まだ三歳になる前の可愛らしい姿に幼稚園の制服を着せてやると、涙が出る程可愛かった。
この子を、保育時間も延長して預けるのだと思うと胸を締め付けられるようにも感じている。
だから、最も信頼できると思われる評判の幼稚園に入園させることに決めていたのだ。
長男と長女の通った幼稚園とは違うところで、高い教育と子供に対するやさしさ、丁寧さ、愛情と、親の教育にも力を入れている。

 

実際の就職活動は、中々はかどらなかった。
医療事務でも、もう四十歳になる私には経験がない上に、そもそも経験者の方が優遇されるのだ。
職業安定所の方には、未経験の四十歳は厳しいですね、と言われてしまった。
医療事務の資格よりも、経験者である事と若い人の方に需要があると言うのだ。
辛かったし、もうハローワークには行きたくはないと思えた。
けれども、家に帰ると長男が「進路はどうしようかな。」と言いながらテレビゲームに興じている。
情けないけれども、私の姿を見て頑張ってもらいたいものだと思いなおして、「お母さんも再チャレンジするよ。」と言って履歴書を書き続けた。

 

夏休み前になって、やっと病院の事務職が見つかった。
大きな国立病院の事務員の募集を見つけたのだ。
面接のときに家族構成も聞かれた。
「末の子供さんの夏休みはどうされますか?」と聞かれたので、「夏休みも預かり保育に入れますから大丈夫です。」と答えた。
「それに○○幼稚園でしたら、とても丁寧に見てくださいますので。」と付けくわえると、面接担当者が「うちの子も○○幼稚園でしたよ。」と微笑んでくれた。
一週間後、電話の連絡で採用が知らされた。
三日後からのスタートですが大丈夫ですか?という申し出には、もちろんですと気合十分に答えていた。

 

さあ、再出発の始まりだと見上げた空は夏色に晴れ渡り、庭の芝生には白い雲の影が通り抜ける所だった。
「明日から、国立病院で働くの。採用されたのよ。」と夕食の時に発表すると、夫は「良かったね。応援するよ。」と微笑んでくれた。
次女も「お母さん頑張ってね。」とあどけない声で言ってくれる。
長女も頷いている。
意外にも、喜んでくれると思っていた長男が気まずそうにしている。
夫から「勉強しないのならば就職しろ。」と言われていたせいであろう。
「あんた、しっかり勉強しなよ?」と長男に尋ねると、彼は無言でうなずいていた。
そう。
専門学校や大学の学費はとても高いのだ。
私が再チャレンジするのは、息子を望む進路へ行かせてやりたい、という夢のためでもあるのだ。
今から私が大学へ行くよりも、先ずは息子に行かせてやりたい。
私のチャレンジはそれからだ。
何を考えているのかは、また今度書いてみようと思う。

今後チャレンジしたいこと

私が考えているのは、より難しい医療事務の試験にチャレンジすること。
できることなら最難関って言われている、診療報酬請求事務能力認定試験を受けてみたい。
全くの知識ナシの人だと無理そうだけど、簡単なのでも資格持ってて実際に働いたことがあるなら、独学でも合格はできるみたい。
診療報酬請求事務能力認定試験のテキストについてのサイトを見てみると王道の医学通信社から色々出てるみたいだし、まずは過去問からでも目を通してみようと思う。

 

今働いている国立の病院では、この試験に合格していると手当が出る。
それも+1万円も。
テキスト代なんてせいぜい数千円だし、勉強のために費やす時間だって長くても2〜3ヶ月。
この程度の投資で毎月1万円給料が増えるなら、合格を目指さないわけにはいかないでしょう。
医療事務として働いてて、もしこの資格について知らない人がいるなら、絶対に自分でもよく調べてみてほしい。
だって、知らずにこの先何年も、何十年も医療事務として働いていたら、場合によっては何十万円も損することになるかもしれないんだから。
私はたまたま病院の求人を見てたら、診療報酬請求事務能力認定試験って載ってて何だろうと思って調べて知った。
実際はかなり知られてるらしいから、私が無知すぎただけかもしれないけど。

 

で、この試験に受かって給料が増えたら、毎月その分貯金に回して、2〜3年に1回くらい家族旅行できたらいいななんて思ってる。
子供も大きくなって反抗期は過ぎたし、たまにの家族旅行くらい一緒に行ってくれるだろうし。
そうやって夢を思い描きながら仕事するのも楽しい。
さて、これからも頑張ろう。